Arai Koh's Shogi Life

将棋ライター・アライコウのブログです。将棋について書いていきます。

中尾敏之五段の引退に、あの忘れがたき棋士を思い起こす

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 3月27日に行われた棋王戦予選4回戦において、順位戦への復帰を懸けた中尾敏之五段は青嶋未来五段に敗れ、引退が決定しました。なお残りの棋戦に竜王戦6組昇級者決定戦があり、これに敗退した日が正式な引退日になります。

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 中尾五段の矢倉を、青嶋五段が正面から受け止めるという形で戦いは始まりました。中盤~終盤の入口までは中尾五段の優勢かと思われましたが、そこからの寄せの構想がまずかったようです。青嶋五段は的確に中尾五段の攻めを受け切り、最後には反撃を決めて勝利を収めました。

 この対局はTwitterでも大変な盛り上がりを見せていました。中には将棋に興味を持ったばかりという人もいて、いろいろと胸に迫るものがあったようです。
 藤井聡太六段がもたらしたブームは、いわば将棋の光を見せていましたが、この引退は陰の部分と言えます。プロは決して安泰ではなく、成績が悪ければ強制的に引退させられる。多くの競技で共通することですが、これが将棋棋士の厳しさです。

 さて、今回多くの将棋ファンが中尾五段に注目したのは「フリークラスの最終年度に急に勝率が上がり、順位戦復帰の可能性が見えてきた」ことが理由です。崖っぷちからの逆転なるか――というストーリーが人気を博すのは、古今東西変わりません。
 そしてこれには前例がありました。2015年に同じくフリークラス規定で引退した熊坂学五段です。

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 熊坂五段は2002年に四段プロデビュー。しかしデビュー直後から順位戦C級2組において3期連続で降級点がつき、制度上最短でフリークラスに降格してしまいます。
 以降も好調とはいえず、2014年度にフリークラス10年目を迎えました。ところがこの年度になって熊坂五段の成績は急上昇しました。NHK杯本戦への初出場&初戦突破を果たし、さらには森内俊之竜王(当時)を破る大金星を挙げています。

 今回の中尾五段と同じく順位戦への復帰が期待されたのですが、残念ながら規定の成績を満たすことはできず、2015年5月に引退しました。しかし引退間際に見せたこの奮闘は多くの将棋ファンを沸かせ、感動させたのです。

 制度上最短でフリークラスに降格したことから「史上最弱の棋士」などと揶揄する声もありました。ネット上で個人が好き勝手言うならまだしも、週刊誌やニュースメディアまでもそのような表現を使ったことには憤りを感じたものです。

 私は当時、熊坂五段の活躍に大きな感銘を受けて、同じく引退間際の崖っぷち棋士を主人公とした小説を書きました。
 そのタイトルは「史上最躍の棋士」。将棋ライトノベル『俺の棒銀と女王の穴熊』第5巻の一篇ですが、これだけで独立した物語になっているので、他の巻は未読でもあまり支障はありません。電子書籍にまとめていますが、ニコニコチャンネルで全部無料公開しています。

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 熊坂五段は現在、地元仙台で子供たちに将棋を教える日々を送っています。ブログの文面からは、その人柄が滲み出るようです。
 一方、今後は将棋と関わりのない仕事をしていく予定だという中尾五段。第二の人生が順風満帆であることを祈るばかりです。

 引退間際のわずかな期間だったかもしれないけれど、まばゆいばかりのきらめきを見せてくれた熊坂五段、そして中尾五段。両者とも自分にとっては忘れがたき棋士です。いつまでも覚えていたい、そんな気持ちでいます。

将棋界の不思議な仕組み プロ棋士という仕事

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