なぜ将棋の対局で食事が注目されるのか
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ついに全国一千万の将棋ファンが待ち望んでいたドラマ版『将棋めし』が放送されましたね。将棋ファン以外にも、仮面ライダーの俳優がメインを固めていることで話題になりました。シナリオライターは『孤独のグルメ』も手がけた人だそうで、食事シーンは安定の出来。実際の店を紹介する演出もよし。そしてプロ棋士の監修が入ったことで、対局シーンも大満足。指すときの手つき、実にしっかりしてました(将棋ファンはこういうところにすごくうるさい)。
将棋ファンのみなさんとTwitterで盛り上がりたかったところですが、さすがにリアルタイム視聴するには遅すぎる時間帯。これだけが唯一の不満です。あと主人公の巨乳が再現されなかったのは、もう仕方ないと割り切るほかありません。それは原作のほうで堪能しましょう。もうじき第2巻も発売です。
今回のドラマ化が実現したのは、やはり天才中学生棋士・藤井聡太四段の大活躍がきっかけでしょう。彼の注文した食事が、ワイドショーなどでやたらと注目されたのは記憶に新しいところ。フジテレビの人も「ちょうど将棋めしなんて漫画があるじゃないか。ドラマ化いけるで」と即決即断したに違いありません。
将棋めし、4つの理由
さて、藤井四段の食事がしつこいほどスポットライトを浴び、鼻白む人も少なくなかったようです。「そんなもん取り上げてどーすんだ」と。
そのたびに将棋ファンが「棋士にとって、というか観る将(観戦専門の将棋ファンのこと)にとって食事ほど重要なものはないんだよ!」と気炎を上げたわけですが、そもそもなぜ将棋において食事が注目されるのか? 将棋をよく知らない方のためにも一度まとめてみるべきかと思いました。
1.将棋の対局は時間が長い
食事の時間が設けられているということは、当たり前ですが「食事をする必要がある。しなければ対局者の体が持たない」ということです。すなわち勝負にかける時間が長いのです。
最長は最高峰のタイトル戦である名人戦で、ひとりの持ち時間が9時間。当然1日では終わらず、2日にわたって行われます。食事休憩のない「早指し戦」と呼ばれる棋戦もありますが、大半の棋戦は予選段階から昼、あるいは夜と食事休憩が設けられています。
スポーツでは食事休憩などほとんど考えられないでしょう。そんな必要があるほど試合時間が長くないし、試合中にのんびり食べているヒマもありません。水分を補給するのがせいぜいです。無理して食べたところで、腹が痛くなるに決まってます。
すなわち将棋における食事は、他の競技ではめったに見られない、個性ともいうべき事柄なのです。個性であるからこそ取り上げる価値があり、またメディアが取材する時間的余裕があって、「勝負めし」なるワードも誕生しました。
2.将棋は情報が少ない
将棋を構成する要素は、ふたりの対局者と、その時点での局面。ざっくり言えばこれだけです。
対局者は盤の前に座ってろくに動きません。頭を掻いたり、扇子で扇いだり、体を揺らしたり、うなだれたり、その程度です。まあ、これだけで楽しめるのが訓練された将棋ファンなわけですが。なんにせよスポーツのように激しく動くことはありません。
そして局面は、対局者以上に動かない。長考により、1時間も2時間もそのまんまということはザラです。
動かないということは、情報が少ないわけです。
だから将棋ファンは少しでも、目の前の対局に関わる情報を求めたいのです。そこで棋士の食事。情報としてこれほどわかりやすいものはありません。タイトル戦だと一流ホテルや旅館が舞台ですから、メニューも華やかになります。アップされた写真を見て「美味しそう」とか「オシャレ」とか、大いに盛り上がるわけです。
3.プロの将棋は難しい
将棋は素晴らしく完成度の高いゲームです。しかし欠点があるとすれば……難しい。ルールではなく、対局開始から終局に至るまでの、その内容がです。
とりわけプロの将棋は難解です。時には同じプロですら「わからん」「何これ」と言ったりします。野球なら剛速球や特大ホームラン、サッカーなら華麗なドリブルやシュートなど、優れた選手のプレイほどわかりやすく魅力なのとは、実に対照的です。
そんなだから観ているファンも、プロの解説がなければ何が何だかわからない。あってもまだよくわからない。だからこそニコ生やAbemaにおいて、解説を担当するプロたちはカメラの向こうの我々に向かって、可能なかぎりわかりやすく話そうと心を砕いています。
そんな難しい将棋において、一番わかりやすいのが食事なのです。どんなに指し手が難しかろうと、これなら今日はじめたばかりの初心者でも、高段者と話題を共有し合えます。
前項の繰り返しとなる部分もありますが、情報としてわかりやすい棋士の食事は、棋力がバラバラな将棋ファンたちに共通の話題を提供してくれるありがたい存在なのです。
4.棋士の食事はとてもユニーク
ファンが棋士の食事で盛り上がれるのは、時としてその注文内容が、余人を凌駕する強烈な個性を発揮するからです。
その個性を伝説の域にまで高めたのが、ご存じひふみんこと加藤一二三九段。昼も夜もうな重とか、おやつに板チョコを8枚食べたとか、晩年になってもカキフライ定食とチキンカツ定食をダブル注文するとか、長きにわたり見る者を沸かせていました。
加藤九段の後継者と目されるのが丸山忠久九段であることは、多くのファンが意見を一致させています。一連の藤井フィーバーですっかり有名になったみろく庵には、人気メニューの唐揚げ定食があります。これに唐揚げを3個追加するのが「丸山定跡」として知られています。当のみろく庵の人も、ファンが真似して注文すると「丸山定食ね」とニヤリとするそうな。
名人位を通算8期獲得し、十八世名人の資格を持つ森内俊之九段はカレーで知られます。カレーで知られるというのは妙な表現ですが、とにかくファンには森内=カレーと認知されています。業界外の目に止まってカレーについて語ったり、カレーイベントを開いたりもしました。カレーなんて別に個性的でもなんでもないように思えますが、森内九段にかかればやたらといい絵になる不思議。
他にも棋士の食事にまつわるエピソードを、観戦記者の松本博文さんがそのものズバリ「棋士とメシ」という連載で書いています。出版社のみなさん、書籍化打診するなら今がチャンスですよ。あるいはもう企画が進行していたりして?
戦前から受け継がれた将棋めし
初めて棋士の食事がメディアに取り上げられたのはいつのことなのか? 気になる方もいるでしょう。これについて、貴重な資料を掘り起こしてくれた方がいますので、最後にご紹介しましょう。
9月に書くつもりでいたけど、#将棋めし が現在想像以上に話題になっているので今書く。
— おがちゃん (@apout1992) 2017年7月28日
将棋の対局中における食事情報の初出は、1932年9月11日、国民新聞の「全高段者争覇戦 山本楠郎七段対小泉兼吉六段戦」観戦記で、1日目昼食は両者鉄火丼。 pic.twitter.com/ki0zdEiHY9
なんと戦前の1932年、今から90年近く前のことです。「先づ腹拵らへ」この直球な見出しがもう最高ですね。
プロ棋士の食事はずっと昔から楽しまれ注目されてきた、将棋と切っても切り離せないもの。「そんなもん取り上げてどーすんだ」と思っていた方も、なるほどと頷いてくれるでしょうか。