Arai Koh's Shogi Life

将棋ライター・アライコウのブログです。将棋について書いていきます。

藤井聡太七段の「待った」疑惑騒動の所感と、加藤一二三九段が銀河戦で処分された件の疑問

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 この件について書くことは気が進まなかったのですが、このように将棋連盟からすぐに声明が出されて一安心しましたし、まだ事情がよくわからない将棋に詳しくない方のためにも、まとめておくべきかと思った次第です。

 私も生放送を見ていて、このシーンは目撃していました。藤井七段があれほど慌てた場面をほとんど見たことがなかったこともあり、反射的に「え? いいの?」と思ってしまったのは正直なところです。しかし見れば見るほど微妙な感じで、断言するのは早計だと思い直しました。他の方の反応を見ても明確に「待った」とまでは言えない――という意見が主流でした。実際、それは正しかったことになります。やはりいったん落ち着いて考えるのが大切ですね。

 そもそも将棋には「投了優先の原則」というものがあります。将棋連盟サイトに対局規定(抄録)が掲載されているので見てみましょう。

  • 対局中に反則を犯した対局者は即負けとなる。
  • 両対局者が反則に気がつかずに対局を続行し、終局前に反則行為が確認された場合には反則が行われた時点に戻して反則負けが成立する。
  • 終局後は反則行為の有無にかかわらず、投了時の勝敗が優先する(投了の優先)。
  • 対局者以外の第三者も反則を指摘することができる。

 当時、対局相手の増田康宏六段はその場で指摘しませんでした。そして「対局者以外の第三者も反則を指摘することができる」ですが、記録係と立会人、そして控え室にいた棋士たちや記者たちもアクションを起こしませんでした。その後対局は進み、藤井七段は敗れました。藤井七段が反則認定される根拠はどこにもないことになります。

 盤上では完璧と思われる藤井七段でも、あのように慌てて指すことがある。今回はそれで決着する話です。師匠の杉本昌隆七段が注意をするということですし、まだ若い(まだ15歳なんです)藤井七段はこれを契機に成長してほしいと思います。今後は終始強い指し回しを見せた増田六段と、最後まで粘りに粘った藤井七段、両者の作った名局そのものが話題にされるべきでしょう。


 さて、一部報道にもあったように、加藤一二三九段が現役時代にテレビ棋戦の銀河戦で「待った」を認定されたことがあります。対局相手は阿部隆八段でした。その経緯が加藤九段の著書に記されています。

 銀河戦で阿部さんと戦った時の話です。この棋戦はテレビ放映されるので、視聴者のために消費時間の数字が盤側の記録机に置かれています。この数字は見ようと思えば対局者も見ることができます。
 私は対局中、記録係に「あと何分?」と自身の残り時間を聞きます。これはルール違反ではなく正当な権利なのですが、それを繰り返している時に、阿部さんは「見ればわかるんだから答えなくていい」と記録係に言いました。
 私はむっとして言い返そうと思いましたが、テレビ対局なので遠慮します。しかし精神が乱れたせいもあったのか、その後にあった私の着手で「待った」と判断されるものがありました。
 将棋の着手というものは、指した駒から手を離して初めて着手完了とされます。一度離れたあとに再びその駒を持って指し手を変えるのが「待った」です。
 私が指した時、阿部さんは「待った」の指摘はしませんでした。*1

 この対局は加藤九段が勝利しました。しかしその後、対局が放映されると視聴者からの指摘があり、それを受けて将棋連盟は加藤九段に処分を科しました。罰金と次期銀河戦の出場停止という重い処分でした。当時のお知らせのアーカイブが残っていますが「ビデオを確認したところ」とあります。

 対局中に反則認定はされなかったのですが、番組の放送後に認定された――これは疑問手ではないか、と思うのです。
 この加藤九段vs阿部八段、囲碁・将棋チャンネルでリバイバル放送されたのを見たことがあります。確かに阿部八段は「待った」の指摘はしておらず(消費時間に関してやりとりはありましたが)、対局が続けられていました。
 銀河戦はテレビ棋戦のため、対局してから放送されるまでにタイムラグがあります。その間何もしなかったにも関わらず、後になって視聴者からの指摘があったからと、反則認定し処分まで科す――。これははたして適切なものだったのでしょうか。

 今さら10何年も前のことを覆すことはできませんが、これを前例として扱えるものかどうかは、議論する価値があると思います。「反則は事実あり対局中に認定された」「反則は事実あったが対局中に認定されなかった」この2つには大きな隔たりがあります。

「対局中に反則認定されなかった着手については、いかなる理由があっても対局後に反則認定されることはない」

 このように対局規定に明記し、将棋ファンにも周知するのが最善と個人的には考えています。サッカーで「あれはレッドカードだった」と後日に認定されることは決してないのと同じことです。こうであれば、今回の藤井七段も不要な騒動に巻き込まれずに済んだかもしれません。

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*1:『負けて強くなる ~通算1100敗から学んだ直感精読の心得~』 P136