Arai Koh's Shogi Life

将棋ライター・アライコウのブログです。将棋について書いていきます。

将棋棋士から段位が消えた時期があった?

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 先日、藤井聡太四段が一気に六段に昇段する可能性があることを書きました。

araishogi.hatenablog.com

 それにしてもこの段位という制度は便利ですね。たとえば八段や九段となれば、将棋に詳しくない人でも、かなりすごい人なんだなというのが直感的にわかります。
 もっとも将棋における段位は、現在の実力というよりは、デビューからの実績を示すものです。目立った活躍がなくとも、長く現役をやっていれば、勝数規定により自動的に昇段していきます。逆に言えば10代や20代の若さで六段や七段になれば、それは順位戦昇級やタイトル挑戦、棋戦優勝を果たしたということで、間違いなく強豪と呼べる棋士になります。

 そんな便利な段位制ですが、一時期廃止されたことがあるのをご存じでしょうか。
 段位は江戸時代からあるものですが、これに一石を投じようとした棋士がいました。誰あろう十四世名人、木村義雄です。

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 昭和20年、日本は戦争で敗れ、一から出直しとなりました。木村名人は日本がこれほどまでにみじめに敗北した原因を、肩書きにあると考えたのです。
 日本軍では肩書きが重視され、戦争指導者は肩書きで埋め尽くされた。肩書きのない者はいかに優秀でも実力を発揮できず、その機会を与えられることはほとんど不可能だったと分析しました。では将棋界はどうであろうか? 著書『勝負の世界 -将棋随想-』の中で、次のように書いています。

 将棋界もまた肩書が物を言う世界であった。一度八段にのぼると、たとえ実力が七段以下に低下しても、いつまでも肩書通り八段の待遇を受け、八段の対局料を貰ってノホホンとすましていられる。

 そこで新たに考案したのが、段位を撤廃して実力によってA級、B級、C級の3ランクに分けるというものでした。そう、これが現在も続く順位戦です。主に古参の棋士から反対の声も上がったようですが、木村名人は実に気持ちのいい言葉を放ちます。

「実力がなく成績が悪くて、それで順位が下がったとて何の不思議があろう。名人さえ、ひとたび挑戦試合で負ければ八段格に下落するではないか。それに、先輩というものは、後進に道を開いてやったり、手柄をたてさせるように仕向けるのがつとめである」と力説し、説伏した。

 こうして段位は撤廃された……のですが、およそ半年ほどですぐに復活してしまいました。
 というのも、段位がないと稽古に行った際に、稽古料のことなどで不便が多いという陳情があったからです。これはなるほど、段位がないと頼む側としてもちょっと困りそうです。現在でも棋士に仕事を依頼する場合、段位によってはっきり料金が違ってますね。木村名人はこう述懐しています。

 肩書の好きなのは本人もさることながら日本人一般の通弊のようでもあるし、生活問題ともなれば一応耳を傾けなければならないので、私たちは妥協したのである。

 勝負や強さとはまったく関係のないところで、段位を復活させざるを得なかったというのは、なかなか面白いところです。

勝負の世界―将棋随想

勝負の世界―将棋随想

 
木村義雄―将棋一代 (人間の記録)

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