Arai Koh's Shogi Life

将棋ライター・アライコウのブログです。将棋について書いていきます。

元祖将棋漫画『あばれ王将』を読んでみた

 先日『5五の龍』についての記事を書きました。

araishogi.hatenablog.com

 将棋漫画初のベストセラーはおそらくこの作品だと思うのですが、では元祖と言える作品は何でしょうか。確認できるのは『あばれ王将』という作品です。
 作者は貝塚ひろしさん。少年ジャンプ創刊期の看板作家だったそうです。『あばれ王将』は週刊少年サンデーで1966年から1967年にかけて連載され、単行本は全2巻が発売されました。これより古いのはちょっと見つからなかったのですが、もしご存じの方がいれば教えていただけると幸いです。

週刊少年サンデー あばれ王将(貝塚ひろし)

 何しろ50年も昔の作品なので、普通なら入手するのは難しそうですが、最近になって電子書籍化されています。もちろんKindleにもあったので、こちらを購入してみました。

あばれ王将 (1)

あばれ王将 (1)

 

火事の中、母親の死と引きかえに生まれた嵐大吾。母のかたみの王将を握りながら育ち、将棋では負け知らず。しかし、中学に進学した大吾は、ある日出会った酔っ払いの男に初めての敗北を喫する。この将棋界の鬼才・鬼頭八段との出会いで大吾はさらに将棋にのめりこんでいく。

 ケンカっぱやく口は悪いが、根っこの部分は純なヤツ。嵐大吾はまさに昭和的な主人公です。村田英雄の『王将』が歌われていたり、「将棋きちがい」なんて今なら絶対に使えない言葉が使われているあたりも、時代を感じさせます。
 ところで将棋漫画の定義というのは、実は意外と難しい。『5五の龍』などはずーっと将棋ばかりなのでわかりやすいですが、現在もっとも有名な『3月のライオン』は、どちらかといえば「将棋棋士をキャラクターとした人間ドラマ」の側面が強いんですね。将棋がひとつのテーマではあるけれど、将棋漫画と言い切れるかどうかはちょっと難しい問題です。
 では『あばれ王将』はどうか。紹介文に「大吾はさらに将棋にのめりこんでいく」とありますが、実際は将棋ばかりやっているわけではなく、家族の問題やふたりの棋士・鬼頭八段と荒巻八段を巡る因縁がメインテーマになっています。そういう意味では『3月のライオン』に近いものがあります。人間ドラマというより、人情ものというほうが昭和の作品にはふさわしいでしょうか。


 全2巻は予定どおりの終わり方だったのかはわかりませんが、打ち切りという感じはあまりなく、きっちりまとまっている印象でした。将棋漫画の源流に触れてみたい人にはオススメです。

これまで紫綬褒章を受章した棋士は?

 今朝、驚きのニュースが飛び込んできました。

www.shogi.or.jp

 森内俊之九段の紫綬褒章(しじゅほうしょう)受賞!

 内閣府のサイトから引用すると、紫綬褒章は「科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術文化分野における優れた業績を挙げた方」が授与の対象となるようです。
 完成されたゲームである将棋は、江戸時代の昔から時の権力者と民衆に愛されてきました。そして戦後しばらくすると、芸術文化としての側面も持ち合わせるようになりました。優れた棋士が紫綬褒章の授与対象となるのも、ごくごく自然なことであるのです。

 今回はこれまで紫綬褒章を受章した棋士たちをまとめてみました。さすがにどなたも大棋士と呼ぶにふさわしい方々です。

木村義雄(1960年)

 将棋棋士ではじめて紫綬褒章を受章したのは、木村義雄十四世名人です。
 終身名人制を廃した関根金次郎十三世名人に代わって、初代の実力制名人となった彼は、戦前から戦中にかけて無敵を誇りました。戦後には一度名人の座から陥落しますが、不屈のカムバックを果たします。やがて大山康晴八段(当時)に敗れて引退しますが、そのときの「よき後継者を得た」という言葉は将棋の歴史上屈指の名言です。
 定跡の整備にも尽力し、駒落ち定跡をまとめた『将棋大観』はロングセラーになりました。私もAmazonのマーケットプレイスで買って持っています。もちろん今なら、より洗練された駒落ち定跡書があると思いますが、その格調高い文章は現代の棋書には見られないものです。
 受章したのは1960年。引退から8年後のことです。大名人としての実力はもとより、現在まで繋がるプロ将棋界の礎を築いた功績は、非常に大きいものでした。

木村義雄―将棋一代 (人間の記録)

木村義雄―将棋一代 (人間の記録)

 

升田幸三(1973年)

 天衣無縫、豪放磊落。将棋の歴史上、もっとも愛されている棋士のひとりである升田幸三実力制第四代名人。
「名人に香車を引いて勝つ」
 子供の頃に抱いた、誰からも笑われるような夢。それをついに実現させた空前絶後の男として、その名は将棋史に刻まれています。彼の生涯については自伝の『名人に香車を引いた男』がめっぽう面白いので、まだ未読という将棋ファンの方はぜひとも読んでみてください。
 受賞したのは1973年。現役晩年でしたが、それでも一流の証である順位戦A級からは一度も陥落することがありませんでした。「新手一生」を掲げ、数々の独創的な手を編み出した天才升田の業績は、紫綬褒章という形で最高の評価をされたわけです。

名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)

名人に香車を引いた男―升田幸三自伝 (中公文庫)

 

塚田正夫(1975年)

 木村名人から初めてその座を奪ったのが、塚田正夫実力制第二代名人です。
 歴代の名人の中で、彼についてはあまり語られることがありません。しかし名人位以外にも九段戦(現在の竜王戦)4連覇など、一流の戦績を収めています。故・河口俊彦八段は著書で「勝負師木村、大豪は升田、史上最強といえば大山。そうした大物達の影にかくれがちだが、塚田には、名匠、がぴったりである」と述べています。*1
 また塚田名人は詰将棋作家としても知られており、その作品群は現在でも愛されています。かつては優れた詰将棋作品に対し、彼の名を冠した「塚田賞」が与えられていました。
 受賞したのは1975年。棋士として、そして詰将棋作家として優れた業績を残したことが受賞理由だったのだと思います。

将棋連盟文庫 塚田正夫の詰将棋

将棋連盟文庫 塚田正夫の詰将棋

 

大山康晴(1979年)

 昭和を代表する棋士にして、史上最強のひとりと言われる大山康晴十五世名人。
 その偉大な記録の数々については、ひとつひとつ挙げていったらキリがありませんが、特に名人位18期、順位戦A級連続44期在籍、タイトル戦連続50回登場、66歳のタイトル挑戦などは、今後まず破られないと思われます。
 受賞したのは1979年。というか紫綬褒章以外にもたくさん受賞してます。1990年には将棋界初の、そして現在でも唯一の文化功労者に選ばれました。

大山康晴の晩節 (ちくま文庫)

大山康晴の晩節 (ちくま文庫)

 

二上達也(1992年)

 タイトル戦登場回数26回、うち獲得5回。順位戦A級通算27期など超一流の棋歴を持ち、塚田名人同様に詰将棋の名作家であり、また羽生善治棋聖の師匠としても知られるのが二上達也九段です。
 二上九段が一流なのは将棋だけでなく、棋界の運営者としての手腕もでした。将棋連盟会長を歴代最長となる14年間務め、女流棋戦の活性化や国際将棋フォーラムの開催等、将棋がより普及するように尽力したのです。紫綬褒章を受賞したのは1992年ですが、その後の功績も大と言えます。

棋士

棋士

 

加藤一二三(2000年)

 ご存じ我らが加藤九段!
 いかに素晴らしい業績を残したか、先日気合い入れて書いたばかりですので、こちらをお読みください。

araishogi.hatenablog.com

米長邦雄(2003年)
中原誠(2008年)
谷川浩司(2014年)

 この3人についての棋歴も、先日に書いた記事を参照していただいたほうがよいでしょう。最年長名人、十六世名人、十七世名人。3人ともが、将棋の歴史上十指に入る業績の棋士です。

araishogi.hatenablog.com

佐藤康光(2017年)

 実力制第十代の名人。タイトル獲得数は歴代7位の13期。永世棋聖の有資格者。現役の中でも屈指の実績を誇る佐藤康光九段は、今年の春に紫綬褒章を受章しました。
 羽生世代のひとりとして数々の熱戦を繰り広げ、デビューから現在まで将棋ファンを沸かせ続けています。そしてその真骨頂は、他人がとても真似できないほど独創的な指し回し。新手を発案した人に贈られる升田幸三賞を二度も受賞しています。
 現在は将棋連盟会長としても多忙な日々を送っています。対局との両立は想像を絶するほど大変でしょうが、熱い将棋をまだまだ見せてほしいものです。

長考力 1000手先を読む技術 (幻冬舎新書)

長考力 1000手先を読む技術 (幻冬舎新書)

 

森内俊之(2017年)

 そしてこの秋、森内九段が受賞しました。
 羽生棋聖の幼少期からのライバルで、若い頃から将来を嘱望されました。しかし周囲の予想に反してタイトルには30歳まで縁がありませんでした。悩んだ時期は決して短くなかったでしょう。
 長いトンネルを抜け、ついに掴んだ初タイトルこそ、名人でした。以後、森内九段は名棋士への階段を駆け上がります。特に名人戦においては無類の強さを発揮し、通算5期で獲得できる永世名人の資格に関しては、羽生棋聖よりも早く獲得しています(十八世名人)。また2002年から2015年までの名人位は、羽生森内の両名がずっと分け合っていました。まさに平成の大名人です。
 そんな森内九段も、今年度から順位戦に参加しないフリークラスに転出。将棋連盟の理事として、運営に参画するようにもなりました。もう二度と名人位に返り咲くことがないのは残念ですが、これまでと違う形の活躍を見せてくれることでしょう。

覆す力 (小学館新書)

覆す力 (小学館新書)

 

*1:新潮文庫『人生の棋譜 この一局』 P137

将棋会館でアルバイト募集中!

 将棋の仕事をしてみたい……そう思っている方は少なくないと思います。他ならぬ私がそうです。
 そこでちょっと検索してみたところ、なんと将棋会館のアルバイト募集記事を発見しましたので、読者のみなさんと情報を共有したいと思った次第。

手合係って?

baito.mynavi.jp

 マイナビバイトの求人情報です。将棋道場の手合係を募集していることは、将棋連盟の公式サイトでは発見できませんでした。おそらくマイナビバイトにだけ求人を出しているものと思われます。
 手合係とは、将棋道場にやって来るお客さんの相手を一手に担う仕事です。特に棋力の違う人同士でも互角の対局ができるように、適切な駒落ちのハンデに調整するのが重要ですね。「○○さん、二枚落ちでお願いします」といった感じに。
 あと将棋会館の道場はよく電話がかかってくるので、人並みの接客スキルも求められそうです。

  • 給与:時給960円+交通費支給
  • シフト:週2日、1日7時間以上
  • 時間帯:朝、昼、夕方、夜

 条件はこのような感じです。記事執筆時点で、掲載終了まであと4日。興味のある方はぜひ検討してみましょう。

激レアな将棋道場の仕事

 藤井四段が起こした将棋ブームにともない、各地の道場が盛況だというニュースも耳にします。しかしそれでも人手不足でバイトを募集しているという話は聞きません。街中の将棋道場は個人でやっているところがほとんどですが、盛況といっても経営者ひとりで充分回せるということなのでしょう。
 アルバイトを不定期に募集するような将棋道場は、将棋会館と将棋会館直営の新宿将棋センターくらい。今回のアルバイト募集はまさに激レアといえそうです。

将棋ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』で学ぶ英会話 ~第1巻~

 2018年1月からのアニメ放映が決まった将棋ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』。第7巻も同時期に発売されます。アニメ化でさらに部数を重ねることが予想されますね。ドラマCD付き限定特装版は、今のうちに予約をしておいたほうがいいでしょう。

りゅうおうのおしごと! 7 ドラマCD付き限定特装版 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! 7 ドラマCD付き限定特装版 (GA文庫)

 

 このライトノベルがすごい!第1位、将棋ペンクラブ大賞優秀賞など、ラノベファンにも将棋ファンにも受け入れられている本作ですが、このたび電子書籍ストアのBookWalker Global Storeにて英語版が発売されました。

The Ryuo’s Work is Never Done! Campaign | BOOK☆WALKER

 英題は"The Ryuo’s Work is Never Done!"。直訳すれば「りゅうおうのおしごとは決して終わらない!」でしょうか。"The Ryuo’s Work!"としなかったのは、単に日本語版ロゴとデザインを合わせるためかもしれません。
 ともあれ、この英語版とアニメがきっかけで、海外の将棋ファンがグッと増えることを期待したいものです。

 さて、英語ではあのセリフはどうなっているのだろうと気になったので私も購入してみました。その中からいくつかを抜粋してみようと思います。

「ししょうの玉……すっごく固い……」

 記念すべき書き出しの一行目は、こうなりました。

"Master … It's rock hard. …"

 将棋において玉が固いとは、つまり王様の守りが固いという意味です。しかし将棋とまったく関係ない、読者にあらぬ想像をさせるような一文にしたのが作者のテクニックなわけです。
 ここで"King"などという単語を使ってしまうと、このテクニックが意味をなさないわけですね。だからシンプルに"It's rock hard."となりました。

「オシッコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 主人公・九頭竜八一とその師匠、清滝鋼介九段の師弟対決。敗れた清滝九段が何をトチ狂ったか、将棋会館の窓から放尿しようとする騒ぎに。

"WIZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!!"

 Wizはスラングで、おしっこの意味です。とても覚えやすいですね。

「ぶちころすぞわれ」

 ヒロインのひとり、空銀子が弟弟子の八一に「姉弟子って師匠にそっくりですよね」と言われたときのセリフ。

"Your head, on a pike."

 pikeは槍。頭がそれの上にあるということは……。心臓の弱い人は検索しないほうがいいでしょう。
 以後、銀子はことあるごとにこの物騒なセリフを吐くことになります。

「全裸!? 全裸の女がそこにいるの!?」

 押しかけ弟子のメインヒロイン、あい(9歳)が風呂場から出てきて、そこに銀子が現れる場面。ラノベのお約束ですね。

"Buck naked!! There's a naked girl in there?"

 Buck nakedで全裸。これも覚えやすいです。

「……ロリ王」

 これまた銀子のセリフ。「りゅうおうのおしごと!」は銀子ちゃんの毒舌を楽しむ作品でもあります。

"…… Loli king."

 そのまんまですね。

「どんなことでもします! ご飯も作ります! お掃除もお洗濯もします! し、師匠がお望みなら……えっちなことでも……」

 日本語ではずいぶんストレートですが……。

"I'll do anything you ask! I'll do the cooking! Cleaning and laundry too! A-and other things … if that's what Master wants …"

「えっちなこと」が「つまり師匠が望むこと」みたいな感じで、やや遠回しになってます。

「フッフッフ……それは世を忍ぶ仮の名。我が真名は別にある……ッ!」

 八一のライバル・神鍋歩夢六段の初登場シーン。

"Ha! Ha! Ha! … That name is just a mask that allows me to blend in with the outside world. My true name is something else entirely …!"

 厨二セリフを英語で言いたいときは、こんな感じで。

「神鍋? 強いよね。序盤、中盤、終盤、隙が無いと思うよ」

 将棋界ではあまりにも有名なフレーズ、パロディの名手である作者は当然のように第1巻に持ってきました。

"Kannabe? Oh, he's good. Early game, mid-game, late game, the guy's got them all covered."

 海外の将棋ファンと交流するとき、これを使いたいものです。

「クズロリ王……頓死すればいいのに……」

 またまた銀子登場。

"Kuzu Loli King … Couldn't you just die …"

 クズはそのまんま"Kuzu"になってますね。頓死は急死の意味ですが、将棋においては自分の王様の詰みを見逃して負けてしまうことをいいます。just dieとシンプルに訳したのは見事だと思います。

「師匠はすっごく上手に教えてくれるもん! いつも優しくて、でも激しくて、テクニックもスタミナも抜群で……はじめての時も二人で朝までずっとし続けたんやから!」

 あいの両親がやってきて、彼女は師匠について力説します。言うまでもありませんが、将棋の話です。

"Master is a great teacher! Always kind, but strict, with a great technique and stamina …… We kept going until morning the very first night!"

 上手に教えてくれる、はシンプルにグレートティーチャーでいいわけですね。

「あいさんを、俺にください!」

 あいを自分の弟子にすることを認めてくれるよう、彼女の両親に頼む八一。第1巻のクライマックスです。

"Please, give me Ai!"

 最後くらいは感動的なセリフで締めてみました。


 他にも面白いセリフがたくさんあります。電子書籍の発達のおかげで、英語でライトノベルを読むことも簡単になってきました。興味が沸いたなら、ぜひ購入してみてください。

「ひふみん」しか知らないあなたに知ってもらいたい「加藤一二三九段」13の偉業

 加藤一二三九段、今年もっともブレイクした芸能人のひとりになりましたね。いや芸能人と言ってしまうのはどうかと思うのですが、世間の皆様にはすっかりバラエティタレントとして認知されています。とにかく老若男女問わず大人気の「ひふみん」。今年6月に現役引退されましたが、むしろますます生き生きしているようで何よりです。


 しかし!


 しかし!


 将棋ファン、いや加藤ファンのひとりとしては、この方の面白おかしい一面ばかりがクローズアップされるのはあまりに口惜しい。
 もっと知ってもらいたいのです。
 ひふみんではなく、加藤一二三九段の偉業の数々を。

 一二三にちなんで123個挙げたいところですが、さすがにそれは無理だったので、13の偉業を取り上げてみました。これらを知れば、面白いと思うだけでなくすごいと思えるようになるはずです。

史上初の中学生棋士としてデビュー

 加藤一二三伝説は、デビューしたそのときからすでに始まっていました。
 1954年、14歳7ヶ月でのプロ入り。
 2016年に藤井聡太四段が14歳2ヶ月でデビューするまで、実に62年間にわたり守られていた記録でした。しかし、当時はそれほど騒がれなかったとのこと。*1現代と比べればメディアの発達していない時代でしたから、世間も加藤少年の才能を正確に量ることは難しかったのでしょう。まして、60年後も世間を賑わす人気者になろうなどとは。

ノンストップでA級八段に昇級

 プロの将棋界でもっとも大きなウェイトを占めるのが「順位戦」と呼ばれる棋戦です。読んで字のごとく棋士の順位、すなわち格付けを決めるための戦い。上から順にA級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組の5クラスに分けられています。A級でもっとも優れた成績を収めた棋士が、名人への挑戦権を獲得します。
 順位戦は1年かけて戦われるリーグ戦です。そして新人棋士はもちろんC級2組からのスタートになります。つまりA級に昇るには最短でも4年かかるのですが、加藤少年は1958年、一度も停滞することなく最短4年でA級に昇級し、段位も八段となります。当時は名人経験者を除けば、八段が最高段位でした。
 18歳のA級八段――デビュー時はそれほど騒がれなかったという加藤少年でしたが、この衝撃的ニュースは将棋界内外を驚嘆させ、神武以来(じんむこのかた)の天才と称されるようになります。ただ、当の本人は「はっきり言って僕自身はそう思ったことはありません。神武というのがいまいちよくわからなくて。実体がないわけですからね」と述べているのが面白いところ。*2
 最近になって、加藤八段が当時の『サザエさん』に取り上げられていたことが話題となりました。この頃から知名度は抜群だったわけです。

弱冠20歳で名人戦の舞台へ

 晴れてA級に登り詰めた加藤八段。早くも1960年、20歳のときに名人挑戦権を獲得します。これは現在も破られていない最年少記録です。
 相手は「昭和の大名人」大山康晴。神武以来の天才といえど、このときは厚い壁に阻まれて名人奪取はなりませんでした。しかし敗れた加藤八段に大山名人は
「いずれ加藤さんには負かされる日が来ると思います」
 と言いました。
 そして1968年、名人に次ぐ大タイトルの「十段」を大山さんから奪い、その言葉は現実のものとなったのです。
 この加藤一二三十段、すなわち加藤12310段は今もよくネタになります。

死闘十番勝負を制し名人の座に就く

 加藤九段の将棋人生最高の瞬間は、やはり名人位獲得でしょう。ドキュメンタリー番組でもその旨語っておられます。

加藤一二三という男、ありけり。 [DVD]

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 時は1982年、神武以来の天才と呼ばれた少年もデビューから30年近くが経過し、ベテランの仲間入りを果たそうという頃でした。久しぶりに挑戦権を獲得した加藤九段の前に立ちはだかったのは中原誠。1972年に大山康晴から名人の座を奪取し将棋界の第一人者に取って代わると、以来9連覇。まさに「中原時代」を築いていました。
 加藤一二三と中原誠、竜虎の戦いはまさに死闘でした。名人戦は七番勝負なのですが、千日手、持将棋という「勝負なし」になる局面が三度発生。千日手でも持将棋でも即日指し直しとなるルールですが、当時はタイトル戦に限っては後日指し直しという規定でした。そのため4月に始まった勝負が7月末にまでもつれ込む十番勝負となったのです。
 前代未聞の第10局目。加藤九段が次第に苦しい形になります(必敗の場面があったと加藤九段は語っています)。しかし中原名人にも疑問手が出て、局面は混沌としていきます。
 そして勝利の女神が微笑んだのは、加藤九段でした。中原玉が詰んでいることを発見したとき、加藤九段は
「あっ、そうか!」
 と叫んだといいます。
 加藤九段は敬虔なクリスチャンです。神に導かれた勝利――その万感の思いが叫びとなって表れたのではないでしょうか。

A級通算36期在籍

 加藤九段は名人位1期を含み、A級に通算36期在籍しています。これは大山康晴十五世名人(通算44期)に次ぐ歴代第2位の記録です。
 連続で在籍したわけではなく、何度か下のクラスのB級1組に降格しているのですが、そのたびに不屈のカムバックを果たしました。
 ちなみにあの羽生善治さんでさえ、現在通算25期。そろそろ50代も間近だというのに、あと10年以上も頑張らないと加藤九段の記録を超えることはできないのです。

60代でA級在籍

 多くの競技と同じく、将棋も基本的には若い人が勝つものです。昇竜のごとき勢いの若手に負かされ、やがては引退に追い込まれる。それが勝負の世界の常です。
 しかし加藤九段は並の棋士ではありません。大天才なのです。怒濤の勢いの若手や脂の乗った中堅に容易に屈することなく、60代でA級在籍という快挙を成し遂げています。これを達成しているのは、他に3人(大山康晴十五世名人、花村元司九段有吉道夫九段)しかいません。

58歳差対決に勝利

 2015年、加藤九段は当時の最年少棋士である17歳の増田康宏四段と対局し、これに勝利しました。実に58歳差! 年長棋士側から見て、これは最多年齢差の勝利です。
 その内容は、加藤九段に危ない局面はほぼなく、完勝と言えるものでした。孫ほども歳の離れた若者を下したことについて、加藤九段は「実績が違いますから」と当然のように言うのでした。*3
 なお増田四段はその後、新人の登竜門「新人王戦」を二連覇するほどの棋士に成長し、「東の天才」とも呼ばれています。

19世紀生まれ・20世紀生まれ・21世紀生まれの棋士と対戦

 加藤九段の現役の長さを示すエピソードに、3つの世紀に生まれた棋士との対局経験が挙げられます。

  • 19世紀生まれ:村上真一八段(1897年生まれ)と野村慶虎七段(1899年生まれ)
  • 20世紀生まれ:多数
  • 21世紀生まれ:藤井聡太四段(2002年生まれ)

 言うまでもなくこのような記録は加藤九段が唯一で、今後も絶対に現れないでしょう。

最年長勝利を記録

 2017年1月、加藤九段は飯島栄治七段と対局し、勝利しました。これが現役最後の勝利であり、同時に最年長勝利記録(77歳0ヶ月)を達成しました。
 飯島栄治七段は当時B級1組。現役棋士の中でも相当に強いということですが、この日の加藤九段は全盛期を思わせる圧勝劇で、飯島七段もTwitterで完敗だと認めざるを得ないほどでした。

すべての実力制名人と対戦

 将棋界の名人は江戸時代から続く制度ですが、かつては家元制(世襲制)や推挙制で、必ずしも実力ナンバーワンの棋士が名人を名乗っているわけではありませんでした。しかし1935年からは完全実力主義、一番強い者が名人になれる制度に改まり、現在まで続く名人戦がスタートしました。
 この実力制の名人になれたのは、現在までわずか13人しかいません。そして加藤九段はなんと、自身を除くすべての名人経験者との対局経験があるのです。
 プロの将棋界は負ければ終わりのトーナメントがほとんどなので、シードされることが多い名人と当たるだけでも大変なことです。特に2017年2月、現在の名人である佐藤天彦さんとの対局が実現したことは印象的でした。引退間近の棋士と現名人が戦うことなど、そうそうないこと……というより他に例があるかどうか。
 結果は残念ながら敗北でしたが、加藤九段にまたひとつ輝かしい棋歴が加わった瞬間でした。

空前絶後、およそ63年の現役生活

 そして2017年6月、加藤九段は最後の対局に敗れて現役引退が決定しました。
 現役の期間は62年10ケ月。もちろん歴代1位です。最年少でデビューし、最高齢で引退する。これほど素晴らしくカッコいい競技人生はないでしょう。
 同じ中学生棋士としてデビューした羽生さんでさえ、現役年数はやっと加藤九段の半分。どれだけすごいことかわかるかと思います。

歴代第3位! 通算1324勝

 加藤九段がおよそ63年の現役生活で積み上げた白星は1324。これは大山康晴十五世名人(1433勝)、羽生善治棋聖(1385勝)に次ぐ第3位の記録です。※記事執筆現在。
 プロ棋士は年間20勝もすれば強豪と言われます。しかし1324勝もするには、63年毎年20勝してもまだ足りないわけです。特に若い頃勝ちまくっていたのが、この記録を達成する大きな要因となりました。

歴代第1位! 通算1180敗

 勝負師にとって敗北に勝る屈辱はありません。特に将棋は自分ひとりの力だけで戦わなければならず、また運の要素もありません。それだけに負けると異常に悔しいのです。
 その敗北を、加藤九段は1180も経験してきました。歴代1位の数字で、おそらくこれも誰にも破られることはないでしょう。
 ところが将棋において敗北数は、必ずしも不名誉の証ではありません。というのも前述したとおり、負ければ終わりのトーナメント戦が多いため、ただ負け続けるだけでは対局数も増えず、早期の引退に追い込まれてしまいます。
 つまり加藤九段は多く負けはしましたが、それ以上に第一線で多く勝ってきました。ある程度は敗北が許されるタイトル戦などの番勝負や挑戦者決定リーグ戦に多く出場したからこそ、これほどの黒星を積み重ねても現役でいられたのです。歴代1位の敗北数、これもまた超一流の証と言えます。


 いかがだったでしょうか。「ひふみんの面白さ」しか知らなかった人が「加藤一二三九段のすごさ」を知ってもらえたなら幸いです。

天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生

天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生

 

*1:将棋世界Special.vol4「加藤一二三」 ~ようこそ!ひふみんワールドへ~ P38

*2:将棋世界Special.vol4「加藤一二三」 ~ようこそ!ひふみんワールドへ~ P38

*3:「奮起せよ」に導かれ 将棋界の現役最年長 加藤 一二三さん(棋士)

名作将棋漫画『5五の龍』をタダで読む方法!

 ここ数年、将棋漫画が花盛りです。アニメ化や映画化もした『3月のライオン』を代表として、多くの将棋漫画がいろんな雑誌で連載されています。 

3月のライオン 13 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 13 (ヤングアニマルコミックス)

 

  そんな将棋漫画ですが、初のヒット作と言える作品は『5五の龍』でしょう。作者はつのだじろうさん。『週刊少年キング』で1978年から1980年まで連載され、コミックス全10巻で発売されました。その後も愛蔵版や文庫版が発売され、中原誠十六世名人や羽生善治棋聖が推薦文を寄せたりしました。まさに将棋漫画を語る上で欠かせないロングセラーです。

 なぜこれほどの人気を博したのかと言えば、つのだじろうさんがアマ有段者の棋力を持っていたことが大きいのでしょう。対局シーンのしっかりした作り込みはそれまでの将棋漫画にはなかったもので、連載時には「少年誌唯一の本格将棋漫画」と銘打たれていたそうです。

 しかし40年近くも前の作品のため、将棋ファンでも読んだことのない人が多いと思います。かくいう私も、今まで読んだことがありませんでした。しかし今、この『5五の龍』が無料で公開されていると知り、すぐさま読んでみました。とても面白かったので、みなさんにもご紹介したいと思った次第です。

無料漫画サイト『マンガ図書館Z』

『5五の龍』が無料公開されているのは『マンガ図書館Z』というサイトです。どのようなサイトなのか?

www.mangaz.com

読者の皆様、「マンガ図書館Z」へようこそ!

このサイトは、漫画家・権利者の方々の許諾、ご好意によって、「もう絶版になってしまった懐かしいマンガ」や「出版社の許諾を得た無料マンガ」、「惜しくも単行本化されなかったマンガ」、「新しく生み出されたマンガ」などが、

★ 全巻、いつでも無料で読める!

という画期的な電子書籍サイトです。

 『5五の龍』のような昔の漫画が、たくさん公開されているわけですね。まずはこのサイトに会員登録しましょう。

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画面右上のオレンジ色のボタンから会員登録!

 

 会員登録が終わったら、検索で『5五の龍』と入力し、いつでも手軽にアクセスできるように本棚に登録しておきましょう。

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本棚登録のボタンをクリック!

マンガ図書館Zのスマホアプリをインストールしよう

『5五の龍』はPC上で読むことはできず、スマホやタブレットが必要になります。次はストアからマンガ図書館Zのアプリをインストールしましょう。今回はAndroidの機種を例に解説します。

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Google Playから無料でダウンロードできます。

 

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インストールできたら起動しましょう。会員情報を入力してログインします。

 

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トップページです。画面下部「本棚」に移動します。

 

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PCで登録しておいた作品が表示されます。

 

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WEB上で読むだけでなく、端末にダウンロードすることもできます。

 

 マンガ図書館Zで『5五の龍』を読む手順は以上の通り、とても簡単です。

広告が表示される

 マンガ図書館Zの漫画が普通の紙の漫画と違うのは、無料で公開されているため、漫画内に広告が表示されることです。
 著者に還元するための仕組みですが、少しエッチな広告が表示されることもあります。そういうのを避けたい人は月額300円のプレミアム会員に登録すれば広告を非表示にできます。

Kindle版でも読み放題可能。ただし一部のみ

 別に無料でなくてもいいから『5五の龍』を読みたい! そういう方はAmazonのKindleでもよいでしょう。スマホやタブレットを持っていなくても、PCのKindleアプリ上で読むことができます。

5五の龍(1)

5五の龍(1)

 

 1巻1巻購入すると、それなりの金額になってしまいますが、『5五の龍』は読み放題サービスのKindle Unlimitedに対応しています。月額980円で100万冊以上の本を読むことができるサービスですが、これまで登録したことがない人なら30日間の無料体験ができますので、試し読みするには最適です。

 ……試し読みと言わず一気読みしたいところなのですが、Unlimitedに対応しているのは5巻までとなっています。今後全巻対応するのかどうかは不明です。

 

 

 せっかくですので、内容にも少し触れておきます。
 本作の見どころはそれこそいろいろあるのですが、今や大ベテランの棋士たちが実名で登場しているのが面白いところ。谷川九段や田中寅彦九段が新四段の時代なんですよね。中原誠名人と加藤一二三棋王の対局を観戦するというシーンがあるのですが、少年誌らしい絵柄の中にいきなり劇画調のプロ棋士が登場するものだからビックリします。
 私はまだ読んでいる最中ですが、語り継がれるだけあってとても面白い! 将棋はそれまで漫画にするのが難しいと言われていたそうです。それを見事なストーリーに仕立てていると感じました。つい最近将棋ファンになったという方も、ぜひ読んでいただきたいと思います。

紅白歌合戦のゲスト審査員を務めた将棋棋士

 年末恒例、紅白歌合戦の出場歌手について取り沙汰される時期となりました。引退を表明した安室奈美恵さんがどうなるかが個人的には気になるところです。その安室さん、実は将棋に興味がおありのようで、引退されて余裕ができたら存分に楽しんでほしいと思っています。

 さて本題に入りますが、紅白歌合戦といえばゲスト審査員も注目されます。その年に大きく活躍したり話題となった芸能人・文化人が務めるのが恒例となっています。
 そこで気になったのが、これまでゲスト審査員を務めた将棋棋士はいるのかということ。その年に大活躍し一般にも知られるほど話題となった将棋棋士……相当に限られるように思いますが、結論から言えば7人いました。
 そのものズバリ、歴代ゲスト審査員のデータベースがありましたので、ここから紹介させてもらいます。

NHK紅白歌合戦 歴代ゲスト審査員(1951年〜現在)【PRiVATE LiFE】データベース

※以下、現役棋士の肩書きは現在のもの。

【第13回(1962年)】昭和の大名人・無敵時代の大山康晴

 1962年、将棋棋士として初めて紅白のゲスト審査員を務めたのは(故)大山康晴十五世名人でした。

大山康晴|棋士データベース|日本将棋連盟

 大山十五世名人は1923年生まれ。戦前戦中に無敵を誇り、戦後も名人の座に就いていた木村義雄十四世名人を倒し、その後は兄弟子の升田幸三実力制第四代名人との激闘を経て、長きにわたり大山時代を築きます。
 1962年当時の大山十五世名人はまさに無敵時代、当時五つあったタイトルをすべて独占して五冠王となっています。まさに将棋界の顔としてふさわしい人物でありました。

【第23回(1972年)】大山を倒して名人となった「棋界の太陽」中原誠

 その大山十五世名人を倒し、将棋界の第一人者となったのが中原誠十六世名人です。

中原誠|棋士データベース|日本将棋連盟

 中原十六世名人は1947年生まれ。18歳でデビューして以来、順位戦で4年連続昇級・昇段。弱冠20歳でタイトルホルダーとなり、1972年には13年連続で名人位防衛を果たしていた大山康晴に挑戦。見事奪取に成功し新名人に。これらの活躍から「棋界の太陽」と呼ばれます。なおこれ以降、大山十五世名人が名人位に返り咲くことはありませんでした。
 紅白のゲスト審査員に選ばれたのも、この1972年のことでした。新たな時代を築いた若者として文句なしの人選だったと思います。

【第34回(1983年)&第48回(1997年)】史上最年少名人・谷川浩司

 十五世、十六世ときたら次は十七世と思われた方、正解です。3人目は十七世名人の有資格者である谷川浩司九段です。

谷川浩司|棋士データベース|日本将棋連盟

 谷川九段は1962年生まれ。史上2人目の中学生棋士としてデビューし脚光を浴びます。周囲の期待に応えるようにスピード昇級・昇段をしていき、1983年には加藤一二三名人に挑戦、奪取します。21歳での名人位獲得はもちろん最年少記録で、現在も破られていません。
 この1983年、ゲスト審査員として出演しています。こんなに若い人が名人なのか! と将棋を知らない人たちをも大いに沸かせたことでしょう。
 そして1997年には十七世名人の資格を得て、2回目のゲスト審査員に選ばれました。2回審査員となった棋士は、谷川九段が唯一です。

【第44回(1993年)】史上最年長名人・米長邦雄

 史上最年少の名人が審査員になったなら、最年長の名人はどうか? これも(故)米長邦雄永世棋聖が快挙を果たしています。

米長邦雄|棋士データベース|日本将棋連盟

 米長永世棋聖は1943年生まれ。中原十六世名人や谷川九段と比べると出世は遅いほうでしたが、史上3人目の四冠王になり、タイトル獲得数も19期(歴代5位タイ)を数え、その戦績はまさに超一流です。しかし名人位だけはなかなか獲得できずにいました。
 そして1993年、当時の中原名人を倒し、悲願の名人位に就きます。このとき49歳11ヶ月。実に7度目の挑戦にしてようやく掴んだ将棋の頂点。このドラマに全国のおじさんたちは勇気づけられました。
 50歳名人、紅白のゲスト審査員としてやはりふさわしいものだったことでしょう。

【第45回(1994年)】言わずと知れたスーパースター・羽生善治

 あの人は出てないの? と思われた方。もちろん出ています。将棋を知らない人でも名前は知っている羽生善治棋聖、1994年にゲスト審査員となっています。

羽生善治|棋士データベース|日本将棋連盟

 羽生棋聖は1970年生まれ。史上3人目の中学生棋士としてデビューするや、新人離れした勝ちっぷりで一気にスターダムにのし上がります。そして1994年には米長名人を下して初の名人位を獲得。これと合わせて史上初の六冠制覇を成し遂げました。
 ご存じのとおり、羽生棋聖はその後も将棋界の第一人者として揺るぎない地位にあります。2回目のゲスト審査員となる日も、遠くないかもしれません。
 余談ですがスケートのほうの羽生さんも、2015年のゲスト審査員になっています。

【第47回(1996年)】最強女流棋士・清水市代

 ゲスト審査員となったのは男性棋士ばかりではありません。羽生七冠王が誕生して空前の将棋ブームが起こった1996年、清水市代女流六段が出演しています。

清水市代|女流棋士データベース|日本将棋連盟

 清水女流六段は1969年生まれ。1985年に女流棋士デビューすると、瞬く間に頭角を現しタイトル戦の常連に。タイトル獲得数は現在までに43期を数え、ぶっちぎりのトップを走っています。
 1996年には当時4つだったタイトルをすべて獲得。この女流四冠独占の業績は、それまで出演した男性棋士と比較しても何ら劣るものではない偉大なものです。

【第51回(2000年)】演歌歌手としても大ヒットを飛ばした内藤國雄

 現在のところ、最後の将棋棋士審査員は内藤國雄九段です。

内藤國雄|棋士データベース|日本将棋連盟

 内藤九段は1939年生まれ。1958年にプロデビューし、タイトル獲得通算4期、順位戦A級に通算17期在籍など活躍。関西将棋界の重鎮として長きにわたり存在感を示していましたが、2015年に引退されました。また演歌歌手としても「おゆき」をミリオンヒットさせ、NHK歌謡コンサートにも出演した経験があります。
 内藤九段の戦績で特筆されるのは、2000年に達成した公式戦通算1,000勝です。現在までわずか9人しか達成者がおらず、特別将棋栄誉賞というものが贈られます。このために内藤九段はこの年にゲスト審査員に選ばれました。

今年はあの方が出演濃厚!

 2017年の将棋界は何と言っても藤井聡太四段の大活躍。彼の紅白ゲスト出演を望む声もあるようですが、さすがに未成年が出るのは難しそうです。しかし将棋界には藤井四段と同等以上に活躍した棋士がいるではないですか。そう、加藤一二三九段です。

加藤一二三|棋士データベース|日本将棋連盟

 今年6月、約63年の現役生活にピリオドを打った加藤九段。今ではすっかりバラエティタレント「ひふみん」として知られ、テレビに出版にさらには歌手デビューと、八面六臂の大活躍。将棋棋士としての偉大な実績と合わせ、タレントとしての知名度を考えると、ゲスト審査員に選ばれる可能性は高いでしょう。実際にそのような報道もすでにあるようです。

www.cyzo.com

 企画枠での出演もゼロではないとのことですが、どちらにしても大晦日に加藤九段を見られれば、ファンとしてはこの上ない楽しみです。

よろこんでいきる まいにちひふみん

よろこんでいきる まいにちひふみん

 

 

将棋ファンは要プレイ! 青春AVG『夏ゆめ彼方』

 将棋をメインコンテンツとするこのブログにとって、最高のアドベンチャーゲームがリリースされました。

www.freem.ne.jp

父親との死別で塞ぎ込んでいた『天才小学生』朝川桂一は、ある日『神様』を自称する巫女服姿の少女と出会う。
少女との交流の中で、桂一は将棋のプロ棋士になりたいという自らの夢を思い出していく。

夏×伝奇×将棋!
『夢』をテーマにしたノスタルジックな青春ノベルゲームです。

 サークルペットボトルココアの『夏ゆめ彼方』。主人公はかつてプロ棋士を目指していた少年……これだけで将棋ファンの私にとっては食指を動かされましたが、いざダウンロードしてみたら全体的なクオリティが高くてスムーズにプレイできました。ツールは吉里吉里が使われています。

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 将棋を扱った物語というと、やさぐれた大人や中学生以上の学生が多いですから、小学生が主人公というのはかなり珍しいですね。桂一は小学生にしてはあまりにも大人びた思考の持ち主ですが、現実でも藤井四段があれほど落ち着き払ってますから、全然アリでしょう。ロリ神様、重度のブラコンの妹、ごく普通に小学生男子しているクラスメイトといったキャラクターに囲まれているので、絶妙にバランスが取れていると思います。

 さて、私も小説で書いているからわかるのですが、将棋作品には「いかに将棋を知らない人にもわかりやすく書くか」という命題があります。その点、本作は問題ありません。将棋にはいろいろと専門用語がありますが、さらっと流すことはなく、しかしクドクドと説明することはありません。しっかり要点を押さえて、かつ読みやすさが保たれていたと思います。
 将棋をテーマにしたフィクションは現実の将棋界の対局や出来事をモチーフにすることが多々ありますが、本作もその例に漏れません。△6六銀。この符号だけでコアな将棋ファンはニヤリとできることでしょう。

 本作には選択肢がひとつだけあり、ルートが2つに分かれています。はたしてどちらが幸せだったのか……。なぜ判断に困るかというと、メインストーリーのあとに開放されるアフターストーリーがあまりに辛いのです。将棋界の厳しさはいろんな作品で語られていることですが、本作の展開はちょっとした衝撃。以下ネタバレなので、反転してお読みください。

 主人公はしっかり夢を叶えてプロ棋士になるんだな、とそれまでの展開からして想像できるじゃないですか。ところがそうはならないんですよ。夢破れて故郷に戻り、ヒキニートに落ちぶれてしまいます。ゲームばかりにのめりこみ、あれだけ慕ってくれた妹からは蔑まれ、母親には身勝手に当たり散らし……。こんな姿は見たくなかったと思いつつもクリックする手が止まりません。プロ棋士の夢破れこうなった人間たちは、現実にも数多くいただろうなというのが想像できてしまうからです。非常にリアルなんですね。
 将棋さえやっていなければ……そう後悔しながら、あの夏の少女に出会いに行く。心の底では将棋を捨てられないことを思い知らされる。このあたりは想定どおりでしたが、悠久の時を生きる神様というキャラクターが活きていました。
 そして一アマチュア棋士からやり直し、40歳を越えてプロ編入試験に合格――これも現実にあったことなのですが、そうとわかっていても涙腺が潤みそうになりました。

 将棋への愛がいたるところに詰まった、素晴らしい青春ストーリーでした。将棋ファンはぜひともプレイしていただきたいです。もちろん将棋を知らない人でも、きっと楽しめると保証します。

藤井聡太四段のインタビュー記事を担当しました

 先日、将棋会館でライター仕事をしたと書きました。

araishogi.hatenablog.com

 記名記事ではないと思っていたのですが、送られた掲載雑誌を見てみたら取材・文として私の名前が載っていましたのでここでも公表しようと思います。
 スカパー!番組ガイド誌の『月刊大人ザテレビジョン』『月刊スカパー!プレミアム光』に藤井聡太四段のインタビュー記事が掲載されます。

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 10月24日、囲碁・将棋チャンネル「めざせプロ棋士」に藤井四段がゲスト出演するのですが、その番宣という位置づけの記事になります。インタビュー仕事というのは初めてでしたが、何といっても藤井四段はあの歳でしっかりしていて、スムーズに仕事ができました。スカパー加入者の方は、ぜひご覧いただければと思います。また、10月初旬より加入者向け会報誌『ヨムミル!』のアプリ版でもロングインタビューが掲載されます。こちらはどなたでも無料で読むことができます。

 将棋関係の記事執筆、いつでも喜んでお請けしますので、ご興味のある方はどうぞご遠慮なくご連絡ください。

ブーム終了とか言われてるけど藤井四段って最近どうなの?

 あの29連勝からしばらく経ちました。もう藤井四段ブーム終了wなどと、世間の移ろいやすさを嗤う声が一部で見られますが……。

www.sankei.com

 こうした「藤井四段に続け!」的な記事は今もちょくちょく見られるわけで、確かに一頃の熱狂は収まりましたが、彼の巻き起こしたブームは着実に将棋少年&少女を増やしています。子供たちにとって、藤井四段は永遠のヒーローになるでしょう。
 そもそも将棋ファンからすると、自分の趣味が大きく取り上げられて嬉しいという気持ちはありましたが、それ以上にちょっと騒がれすぎだったというのが正直なところです。一番ホッとしているのは藤井四段本人でしょう。

 さて本題ですが、藤井四段って近頃どんな感じなの? と気になる方も多いと思うのでまとめてみました。

真の実力が見えてきた? 厳しい評価も

 自分の実力からすれば29連勝できたことは幸運だった――藤井四段があちこちで語っていることですが、これは謙遜ではなく事実であろうということがわかってきました。

 8月4日、藤井四段は王将戦の一次予選で菅井竜也七段と対局し、敗れています。この菅井七段、今期の勝率は7割越え、通算成績でも300戦以上して7割越えと、間違いなく現在のトップクラスに数えられる棋士です。そして先日、羽生善治三冠から「王位」を奪い、自身初のタイトル獲得を成し遂げました。しかも4勝1敗という圧倒的な成績でした(羽生さんが二冠に後退したのが5年ぶりというのが、またとんでもないですが……)。

 8月24日には、棋王戦挑戦者決定トーナメントで豊島将之八段と対局し、これも敗れています。豊島八段は今期の勝率8割越え! 通算成績も500戦以上して7割越え! やはりトップクラスの棋士に数えられています。そして名人挑戦権を争うA級順位戦では土つかずの3連勝。名人挑戦者の最有力候補となっています。
 このときの対局で、解説の棋士がこう評していました。

「今日の将棋を見ると、トップクラスの棋士とは少し実力差があるような印象」

 そのトップクラスの棋士に勝ちまくったのが今春に行われた非公式戦の「炎の七番勝負」でしたが、これは対局相手たちがデビュー間もない藤井四段をよく研究できていなかったこと、対局時間が短いこと(1時間。最終戦の羽生三冠戦のみ2時間)などが要因として挙げられます。
 今はだんだんと藤井四段のデータが集まり、ある程度狙いを絞って事前研究ができます。そして持ち時間の長い対局ならばじっくり考えられ、そうそう後れは取らないということです。

それでも大記録を充分狙える

 9月1日現在、藤井四段の通算成績は38勝4敗。
 連勝が途切れて以来、負ける姿がもう珍しくはなくなってきたとはいえ、いまだ勝率9割を超えています。将棋ファンがもっとも期待しているのが、年度勝率記録の更新です。これは中原誠十六世名人が1967年度に記録した0.855(47勝8敗)が最高。ちょうど50年ぶりに更新できる可能性は、充分にあるでしょう。

関連書籍が絶好調

 怒濤の連勝で世間を賑わせていた頃に企画スタートしたであろう書籍が、8月に続々と発行されました。

天才棋士降臨・藤井聡太 炎の七番勝負と連勝記録の衝撃

天才棋士降臨・藤井聡太 炎の七番勝負と連勝記録の衝撃

 
藤井聡太 名人をこす少年

藤井聡太 名人をこす少年

 
藤井聡太 新たなる伝説 (別冊宝島 2613)

藤井聡太 新たなる伝説 (別冊宝島 2613)

 

 Amazonのレビューはいずれも好評価。あまり将棋は詳しくないけど藤井四段のことを知りたいという人は『名人をこす少年』がよさそうですね。このあどけない子供の写真は、書店でも相当目立つでしょう。

テレビ、動画サイトでは今も破格の扱い

 連勝が途切れてからも、テレビと動画サイトでは藤井四段の対局がしょっちゅう生中継されています。ニコニコ動画でおなじみドワンゴ主催の叡王戦は予選から中継されていますが、従来将棋の生中継はタイトル戦や挑戦者決定戦くらいのもので、いかに藤井四段の対局が「客を呼べるコンテンツ」と見なされているかがわかるでしょう。
 明日9月2日にはCSの囲碁・将棋チャンネル他で若手棋士たちの棋戦・加古川青流戦が、そして9月3日にはNHK杯テレビ将棋トーナメントの対森内俊之九段戦が生中継されます。
 特に後者は、将棋ファンに驚愕をもって迎えられました。NHK杯は通常事前収録ですが、生放送されたことは過去一度しかありません。森内九段は羽生二冠の少年時代からのライバルとして知られ、名人位通算8期の大棋士。これまでの中でも最強の相手のひとりと言っていいでしょう。大熱戦が期待されます。

 

 

 というわけで、ブーム終了していようがいまいが、藤井四段はまだまだ将棋ファンを楽しませてくれそうです。とにかく3日のNHK杯生放送、これはぜひ見てみましょう。私は仕事で外に行かなきゃいけないんですがね!